2017年8月11日金曜日

フランスのショー原発

引き続き、ベルギーとフランスの国境にある、ショー原発に行ってきました。

 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80

ショーは、フランスの原発です。ムーズ川がUターンするようにぐにゃりと曲がって、中州の様になったところに建っています。
国境は、その部分が、盲腸のような形でベルギー側に入り込んでいます。
車で行くと、道路が突然フランスになり、突然ベルギーに戻ります。
ベルギー人の友人が、この原発の20キロ圏内に家を持っていて、以前からヨウ素剤が配られていると聞きました。
(ベルギーはティアンジュ原発の老朽化を受けて、今年、国民全員にヨウ素剤が配られることになりましたが、そこまでするならいっそ止めて欲しいですね。)
そこの原発で事故が起こった場合、ベルギーにもフランスと同じように状況が伝えられるのでしょうか。その辺は、はなはだ疑問が残るところです。
 国境というのは、そこで暮らしている人にとっては、お隣さんが、全く違う制度の中で生活しているということになります。フランスはベルギー国民の健康のことも考えてくれるんでしょうか?


ここアルデンヌ地方は、平たいベルギーにおいて、小高い丘や岩山がある地域で、美しい景観を見せています。
ベルギーの国境の小さな村々では、ナポレオンの軍がワーテルローの戦いに赴く時に通ったということで、毎年お祭りを催していると聞きました。
そして、この地方は、第2次世界大戦で激戦地になったところでもあります。
ドイツのタイガー戦車が深い森に入り込みました。今でも、戦車が置き去りにされているのを見かけることがあります。
このショーという村では、ドイツ軍がムーズ川超えてフランスに進撃した場所だそうです。 

原発は、いつも人口の少ない、美しい場所に建設されるのですね。そして、フランスにおいては、いつも国境沿いに建てられています。
ヨーロッパは小さな国の集まりですから、原発に関して言えば、チェルノブイリの時のように、何処かで事故があったとしたら、ひとつの事故が、ヨーロッパ全体の汚染になる可能性があります。しかし他国の原発のコントロールはできないとい うのが現状です。

さて、ショー原発ですが、ガイガーカウンターを車の外にぶら下げて、空間線量を測りながら走行してみました。
原発の煙突が見えて来て、周辺の街に入ったあたりから少しずつ数値が上がり、0,2マイクとシーベルト近くまで上がる場所もありました。ところが、原発敷地内に入り、ビジター用施設の中に入ると、数値は下がり、ブリュッセルの自宅の中より低くなっていました。
つまり放射性の物質は、煙突から近辺にばらまかれていて、当の原発自体は清潔に保たれているということでしょう。

中に入ると、とても賑やかで驚きました。
新しいシステムを導入するにあたり、業者を呼んでティーパーティーをやっている最中だということで、大勢の人達が談笑し、コーヒーとカラフルなクリームで飾り付けされたカップケーキが大量にテーブルの上に並んでいました。
外がとても静かだったこともあって、そのコントラストにびっくりしました。

パーティーの間を縫って、ビジターに向けた説明を読んで歩きました。
そこでわかったのは、今は廃炉になっている第1レアクターは、地下に作られたということ。当初は、フランスとベルギーの合弁会社によって建設されたということです。
ですから、ベルギー側も、この原発からの電気を使ってたということでしょう。
ウィキペディアにもあるように、80年から周辺住民の反対運動が起こっています。
現在、どれだけの人達が、この原発のことを気にしているかは、はなはだ疑問です。
原発から25キロほど離れた村に住む友人のおばさんは「時々煙が見えるわよ。」と吞気に言っていましたし、誰も原発の話はしていませんでした。
20キロ圏内に住む友人も、ヨウ素剤以外の話は特にしませんでした。
すぐ近くの街に住む人の話も、機会があれば聞いてみたいと思っています。



 
ティアンジュ原発周辺に住む人達を取材した日本人の友人がいます。
彼女はベルギー在住30年ですが、今まで見た中で、一番、社会的に底辺の人達が住んでいたと語りました。 わたしにはうまく想像できませんが、教育もなく、貧しく、気持ちの上でも原発のことを考える余裕もなく、ということなのでしょうか。
彼らは、わざわざ、そんなところに住む事を余儀なくされているという印象が拭えません。

現在、ショー原発ではニュートリノ振動実験も行われており、日本も係っています。
私自身は、この実験のことを、よく理解してるとはいいがたいですが、イタリアで最近おこった大きな地震は実験場のすぐ近くだった、とういのは気になるところです。
関連性があるということは特にいわれていませんが、まだまだ新しい学問ですし、原発も含めて心配事がひとつ増えた感じです。

大統領選のあと、新たにフランスの環境省が、2025年までに 原発を無くして行く方針を掲げました。わたしは明るいニュースとして受け取りましたが、国民に対するガス抜き効果を狙ったもので現実性が薄い、と評価する声も聞きます。
ベルギーも福島の事故後、2025年までに原発の全廃を目標に掲げましたが、どうなるかは未知数です。
事故後の日本の対応を見ても、原発の全廃の実現が、いかに遠いかというのは明らかです。
発展中の国々の新たな原子力政策をどうしていくのかという問題もあります。
国境を超えた枠組み作り、連帯が重要な鍵を握っているのかもしれません。
















ヒューマンチェーンレポート


 

6月25日、ベルギーのティアンジュとドゥールにある老朽化した原発を停止を求めるデモ、「ヒューマンチェーン」に参加しました。

1970年代に建設された、これらの古い原発は、安全性が心配されています。
ベルギー政府は、日本の原発事故以降、40年を超える原発は段階的に停止していくと決めたにもかかわらず、ティアンジュ原発の10年延長を決めました。
隣国の国境に近い原発でもあることから、今回のヒューマンチェーンは、ベルギー 、オランダ、ドイツの国境を越えて、人々が手が繋ぐという大きな計画です。
人間の鎖はティアンジュから始まり、リエージュ、マーストリヒト、アーヘンまで、90キロの距離を、最終的に5万もの人々が参加するデモとなりました。


こひつじ1号、2号は、「さよなら原発ディュセルドルフ」の日本の方々と合流するため、リエージュ郊外のムーズ川沿いに陣取りました。
回りは、ドイツから来た人たちばかり。
デュッセルドルフ組のバスは、リエージュの街中で全員おろされてしまったということで、結局、合流することはできませんでした。

ムーズ川は、フランス北部に水源があり、ベルギーを通ってオランダで北海に流れ込んでいる大きな川です。この川と運河のおかげで、リエージュ周辺の地域は産業革命のころに大きく発展した地域です。今でも、たくさんの船が行き来しています。


私たちは、のんびりと川沿いでピクニックをして、のんびりと手を繋いで、「つながったぞー」というニュースが波のように伝わってきたところで、解散となりました。
そのあとは、カフェでのんびりとビールを飲んで、ブリュッセルに帰って来ました。
 街中では、ファンファーレなども出て、ずいぶんと賑やかだったようです。
天気も良く、いい一日でした。

ベルギー政府がどのような対応をするか解りませんが、5万人参加というのは大きな成果だったのではないでしょうか。デモに参加する事で、ヨーロッパの原発事情も少し解ってきたような気がします。