2017年5月6日土曜日

AもBも選ばないという選択の人々

フランス大統領選の真っただ中の5月初旬。 隣国ベルギーでも話題にならない日はないぐらい、メディアやネットで議論が白熱している。
決選投票は明日。極右政党・反EU、反グローバリズム、人種差別政党である「国民戦線(FN)」のマリーヌ・ルペンと、親EU派で新自由主義者、金融業界出身のマクロン前経済相の決選投票だ。

第一回投票結果を耳にしたベルギー、フランスの友人たちは、希望のない結果だと口々に言っていた。世論調査の通りの結果であったが、友人たちは左派のメランションに投票した人や支持をしていた人が多かったため、やはり運動は功を成さなかったと嘆いていた。

そしてあと数日に迫った決選投票。極右のルペンを阻止するため、マクロンに投票しようという趣旨の記事がネットで流れてくるたびに、「AもBも選びたくない。」という気持ちが増した。
もちろん私は投票する権利などないのだが、「選びたくない」を選ぶ権利もあるのではないかな、と。選びたくない候補を消去法で選択する大統領選挙の喪失感を。フランスの友人たちから聞いていたということもある。

大手の新聞やネットメディアでは、「棄権や白票は意味をなさない。マクロンに一票を」と綴る文章であふれ、某パンクロック歌手は「白票や棄権を行使する意味がわからない。どちらを選択するか悩むというのも理解できない。とにかくルペンを阻止することだけを考え、マクロンに投票を。」とまくし立てていた。

そういう主張も理解できるし、そうかもしれないとも思う。

反ユダヤ主義や歴史修正主義者を幹部にもった国民戦線の党首であるマリーヌ・ ルペンが大統領になってしまったら、移民、人種の差別化が進んでしまう。差別はまた別の差別を生み出し連鎖していく。

しかし、マクロンはどうだろう。
2015年2月、国民議会は経済成長・経済活動振興に関する法案(マクロン法)を表決せずに可決した。新自由主義的な労働規制緩和法案である。また、2013年に施行された「富裕税」は、マクロンに批判されたことで2年後に廃止となった。
右も左もないと謳った彼は新自由主義者。国営企業の民営化を進める人物だ。
格差は拡大され、資本家による富の搾取は続きそうである。


「経済格差が拡大していき、グローバル化が続くと、不況の深刻化、政治の不安定化、文化的疎外により、民族的、思想的、宗教的な過激主義が育成され、過激主義主義にしばしば伴う暴力も助長される。」『覇権か、生存か』p300


「経済危機が厳しくなり、それが大衆クラスにまで波及するにつれ、貧しい労働者は不正受給者と、フランス人は移民と、「白人」は「イスラム教徒」と対立を深めることになった。経済危機によって恩恵を受けている人々は、このような衝突に注意を差し向け、「ポピュリズム」を非難し、支配し続けるしかない。」フランス社会を絡めとる国民戦線





やはりどちらにも投票したくない人の気持ちがよくわかる。
極右を阻止するために、自分の一票を資本家の利益となる政策ばかり進める新自由主義者の候補に投じたくないし、富裕層が高みの見物的にポピュリズムを非難するのと同じように、国民戦線に敵対する政党、それが欺瞞だらけであっても目をつぶり、そこに投票したくない、と思うのだ。


SNSやネットメディアの、「マクロンに投票するべき するべき するべき!」というものは、意思の押し付けだ。「●●に投票しろ、しなければ・・・・」という言論は、暴力的であると思う。
 だれに投票するかを決める、棄権や白票でさえも、決定権は自分自身にあるのにな、と、最近の喧騒を受けて思った。